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2005年 01月 24日 ( 1 )
平凡な一日を重ねる。
一月二十四日に感傷的トラックバック。

今日もくだらない日をデジタルで更新・・・しようと思っていた。
いつものように。

そうなんだ、


僕にはきっと本当の意味で大事なモノをまだ失ったことがない。


悔しかった事、辛かった事、涙した事、後悔した事、失敗した事・・・・。
悲しい別れ、遅かった勇気、足りない力、思い出したくない過去・・・・。

少ないながらも色々な事を経験し生きてきた。
時に本当に苦しいと思ったことや、全てを投げ出したいこともあった。
実際に逃げ出したことだってある。
その時はそれがどん底だって信じながら。

でも、どれも今思えば些細なことに感じてしまう。
たいした傷じゃない、どれもかすり傷程度のモノ。


つまり僕は本当に大事なモノをまだ失ったことがない。

自由?プライド?個人の尊厳?自信?権威?名誉?信頼?財産?
そんなもの失ったっていいじゃないの、
無くなったらまた作ればいい、奪われたら奪い返せばいい!

僕はまだ身近の人間の死を体験していない。
良き友、家族、最愛の人・・・・。
死んだらそれで全てが終わるわけではないけれど、
死を取り戻す事は出来ない。
誰でも知っている当たり前のことだ、何を今更である。
ニュースでもドラマの中でも映画の中でも常に悲劇は起きている。

でも、自分にはつらい死の感情も正確にトレースすることは出来ていない。
所詮は真似事、つまらない悲しみでや苦痛で代用しているだけだ。
どれもこれも比較の対象になんかならない。
腕一本切り落とされた痛みは、
かすり傷をいくらかき集めても再現は出来ない。
トレースしているつもりが、まったく軌道から外れているじゃないか、
茶番もいいところ。


生涯を共に生きようと思った人の死はいったいどれぐらいの
痛みを伴うのだろうか?
心にどれぐらい大きな風穴があくのだろうか?
どのぐらいの時間と幸せでそれは埋まって行くのだろうか?

最愛の人の生命の残量が見えてしまったらどうしたらいいのだろうか?
蝋燭が短くなって火が消えてしまうのを黙って見ているしかないのだろうか?
何を思い、何をしてあげられて、何を残せるだろう?

僕はまだ知らない。
大事なモノを失う事。
そして最高の苦痛を。

かすり傷程度でウダウダ言ってる場合じゃないよ。

とにかく今はどんどん進まなきゃ。
集めに集めたかすり傷をレイヤに重ねて、何度もトレースして。
一日一日をドンドン重ねていくのだ、いや、抜き取って削って行くのだろうか?
同じようで、違う毎日を。

価値観は人によって違うのは解っている。
でも、きれい事だとしても本当の意味で失ったモノ以外は
まだまだ取り戻せるし、新しい物だって作り出せる。

本当に大事なモノ、失うまでは本当に大事にしようと思う。
自分が燃え尽きるまでは重ねなくちゃ・・・平凡な日々を。
そして平凡な日々がいつか最高の幸せになるの信じたい。
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by driplanguage | 2005-01-24 23:23 | 日   記